スタッドレスタイヤのスベらない話。ヤモリ編 (引っかく性能のヒミツ)
かつて冬用タイヤの代名詞といえば鋲を打ち込んだスパイクタイヤでした。しかし路面を削ることにより発生した粉塵問題を機に、鋲(=スタッド)のないタイヤという意味であるスタッドレスタイヤが求められるようになりました。しかし鋲によって凍った路面を引っかいていたものから、鋲を取ってしまうのですから、それと同等の性能を発揮するタイヤ開発は容易なものではありませんでした。スタッドレスタイヤ開発の初期段階から関わってきた開発者である山口宏二郎が当時のこんなエピソードを紹介してくれました。
「スタッドレスタイヤの開発初期は本当に手探りでした。ブリヂストンは1988年にスタッドレスタイヤ『BLIZZAK』を発売しましたが、その7年も前から氷上性能向上のための技術シーズ探索と基礎技術の研究開発は最重要技術課題として進められていました。当時の私たちは鋲に変わるものを見つけることに力を注いでいましたね。あの頃はいろいろな素材をタイヤに配合していました。考えられるものは全て入れてみました。面白いものでは吸盤付きや毛皮を貼ったタイヤを作ったこともあるんですよ」
「ある時、"ヤモリはなぜ垂直のガラスでも手足を滑らすことなく登っていけるんだろう?“と思い、”あの手のひらにヒントがあるのでは?"ということで私たちは早速ヤモリの手を徹底的に研究しました。するとその手のひらは柔らかく、かつ細かく分割されたパッドがあり、その凹凸でガラス面にしっかりと密着していたのです。私たちはこの仕組みをタイヤに生かしたというわけです」
そこで着目されたのが、タイヤのブロック面にあるサイプと呼ばれる細かな切れ込み。サイプは路面上の水を切り、隙間に水を取り込む機能を持ちながら、また、路面と接した時に倒れこむことでそれぞれのブロック片の角が雪路面を引っかきます。こうして、氷の上では、滑りの原因である水膜を除去し、雪ではしっかりと雪路面を引っかくという機能を発揮します。現在まで世界で2億本を販売したブリヂストンのスタッドレスタイヤですが、そのタイヤ開発の原点に、1匹のヤモリがいたというのはとても面白いエピソードです。