速く、強く、美しく。
「スマイルジャパン」は止まらない。
前編:「スピード・運動量」で勝ち上がる
スマイルジャパン
一試合ごとに強くなる。そんな印象のまま、絶好調で昨シーズンを終えたアイスホッケー女子日本代表「スマイルジャパン」。平昌2018冬季オリンピック出場権は圧勝で勝ち取ったが、勝利はもちろん、偶然ではない。
断トツで勝つと決めて最高の準備をした
初戦のオーストリアを6−1、続くフランスを4−1で下して勝ち進み、全勝対決となった最終戦のドイツに3−1で勝利。2017年2月に行われたアイスホッケー女子・平昌2018冬季オリンピック最終予選で、スマイルジャパンは圧倒的な強さを見せつけた。
これについて「勝算はあった」と、山中武司監督は話す。
「選手たちが取り組んできたことを思えば、当然の結果だと受けとめています。ただ"勝ちたい"ぐらいの気持ちでは足りない、"断トツで勝つ"と決めて、それだけの準備と努力をしてきました」
やれることは全部やりきったつもりだという山中監督。2016年の夏に代表監督に就任して以来「スピード・運動量」を掲げ、徹底的に鍛え上げてきた。 10㎏もの防具(ゴールキーパーは20㎏)を身につけて激しくぶつかり合うアイスホッケーは、よく「氷上の格闘技」といわれる。外国人選手にフィジカルで劣る日本チームにとって、武器にすべきは速攻だ。接触される前にパスを回し、攻撃の形をつくる。当然のように運動量は多くなり、それを支えるパワーも要求されるのだ。
「試合が一番ラクだと感じるまでにしたくて、練習は常に試合以上にキツい状態をつくってきました。練習試合の後にさらにダッシュのスケーティングを入れるようなことも、よくやりましたね」
体格で勝る外国人選手を想定し、男子高校生を相手に練習
何しろ体力の消耗が激しい。氷上を猛スピードで滑走し、当たり合うプレーを見ていれば選手の疲労は想像できるが、たぶん予想を上回る。氷上でプレーする選手はゴールキーパーを含めて6人だが、ゴールキーパー以外の選手は皆1分程度で交替している※。それが戦える体力の限界なのだ。
地元の男子高校生チームとの合同練習も行った。練習試合は以前から行っていたが、昨シーズンはさまざまなドリル(練習メニュー)をすべて一緒にこなすことで、男子のスピードに慣れ、フィジカルプレーやコンタクトプレーに耐える力が身についたという。
ちなみに、外国人選手との体格差は、例えばカナダの代表選手と比べると、身長差の平均は9㎝、体重差の平均は12㎏になる。昨シーズンの日本代表チームには海外リーグ経験者も多かったが、山中監督によればそうした選手たちは「大柄な相手を抑えるとか、当たられてもパックを守るとか、体の使い方がうまい」という。
※交替は試合中に随時行われ(いつ何人交替してもよく、審判に知らせる必要もない)、20分を1ピリオドとする3ピリオドをベンチにいる21〜23人全員で戦うのもアイスホッケーの特長。
計画を理解すると自分たちで率先して動ける
強化されたのはスピードや運動量だけではない。チームとしてどう戦うかも、クリアになった。
「システムだったディフェンスや、試合の流れから見てどういうプレーをすべきかなど、山中監督の下で実戦に向けたイメージをとても緻密に準備できたと思います」(フォワード・米山知奈選手)
それが如実に表れたのが、ドイツ戦だ。スピードに加え、統率された防御が光った。
相手を無失点に抑えれば、試合に負けることはない。そのために与えるシュート数を15本以下にすることを目標としてきたのだが、まさに、ドイツ戦の被シュート数は15本。1失点こそ許したものの、参加国一の強敵をがっちり抑え込み、山中監督をして「もっともスマイルジャパンらしい試合」といわしめた。
その山中監督も、選手たちから学んでいる。
「最初のころは、うまくいかないと怒っていたんです。それまで男子ホッケーを指導してきましたが、私がベンチで怒りを表すと、それを見た選手たちが何を求められているのか考えるというのがあったもので......。でも、女子にはそれが逆効果でした」
「山中さん、怒っても無駄ですよ」。ある日、選手たちが心を許す山家正尚メンタルコーチにいわれて、気づいた。
「彼女たちには怒るより諭すほうが大事なのだ、私の仕事は彼女たちに理解させることなんだと、そのときわかりました。私の計画を理解すると、選手たちは率先してチームミーティングを開く。それも1回ではなく、何度も繰り返し行います。いわゆるPDCAサイクル(Plan:計画→ Do:実行 → Check:評価→ Act:改善の4段階を繰り返すこと)を、自分たちでも知らない間にしっかりまわしているんです」
氷上外でのコミュニケーションがチームワークを強くする
選手たちが自ら考えて起こした行動はまだある。そのひとつが、チームワークづくりだ。
合宿や海外遠征時、放っておけば年齢層や仲の良さでまとまりがちなところを、あえて食事のときに席替えアプリでメンバーをシャッフル。みんなが会話する機会を増やし、コミュニケーションの深化に努めた。また、選手それぞれの個性に応じたグループ分けで、「チームビルディング」「分析」「アイデア」などの役割を振り分け、チーム力の向上を図ったという。
こうした氷上外でのコミュニケーションこそ、実戦でものをいう。パスまわしの際のアイコンタクトなど、日ごろから思うことを自由に主張できる雰囲気、相手の意見を尊重する姿勢があってのことなのだ。
そもそもチーム競技である。
「誰かの調子が悪くても、それを好調な選手がカバーできる。良くない雰囲気になりかけたときも、気づいて声をかける選手がいる。そんなふうにひとりひとりがチームのためにできることを考えて実行していると、最終予選では感じました」(ディフェンス・鈴木世奈選手)
昨シーズンの代表チームについて、「終盤は理想とする形ができた」と評する山中監督。平昌2018冬季オリンピック出場を決めた後も、2月の冬季アジア大会全勝優勝、4月の世界選手権全勝優勝と、狙いどおり"ダントツ"だった。
しかし、物語はここで終わらない。監督や選手たちはむしろ、ようやくスタートラインに立ったという心境だろう。平昌2018冬季オリンピック。その輝かしい舞台に向けて、スマイルジャパンは新しい挑戦を開始した。
スマイルジャパンSMILE JAPAN
アイスホッケー女子日本代表チーム。1990年、第1回女子アイスホッケー世界選手権に初出場。
オリンピックは1998年の長野冬季大会から正式種目となり、開催国枠で初出場。その後は最終予選での惜敗が続き、2014年のソチ冬季オリンピックに4大会ぶりに出場。チームの愛称「スマイルジャパン」もこのとき決まった。世界ランキングは2020年に過去最高の6位を獲得。2018年の平昌冬季オリンピックで果たせなかった「初のメダル獲得」を目標に北京に挑み、オリンピックで初の決勝トーナメントに進出した。
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