今なお愛されるマツダ初代ロードスターのタイヤ「SF325」 その開発の裏側で(後編)

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ブリヂストンが偶然保有していた黄色い初代ロードスター。この車のプチレストアをきっかけに実現した対談でマツダとブリヂストンのエンジニアが語った、初代ロードスターの新車開発およびレストア用の復刻タイヤ開発の裏話後編です。(前編はこちら)

マツダ株式会社の初代ロードスターのレストアサービス向けおよび市販用として今年1月に復刻したタイヤSF325は、その復刻のアナウンスと同時に大きな反響を呼びました。それはブリヂストンの開発者たちの想像を超えた期待を背負うプロジェクトになりました。しかしオリジナルのタイヤ開発は1987年のこと。今から31年前に開発されたタイヤを復刻するのは決して容易なことではありませんでした。

「金型もないし、当時の材料も製造設備もない、あるものと言えば30年前の記憶だけ。マツダさんには"やりましょう"と答えたものの、本当にできるのか?そんな不安を抱えたまま復刻タイヤの開発は始まりました」と初代ロードスターの新車装着タイヤと復刻タイヤ両方の開発に携わったブリヂストンのテストドライバー、池田孝弘は振り返ります。

「現在のタイヤ開発は、2次元から3次元にデータを換算してタイヤをつくりますが、当時は2次元の図面からダイレクトに実物(3次元)のタイヤをつくっていました。ですから図面からは見えない情報がかなり多くその後ろに隠れているのです。この工程では当時のエンジニアの経験や技術がとても大きな役割を果たしていたのです」。と語るのは当時のタイヤ設計に携わったブリヂストンの牧野純。

製品はもちろん、現在のタイヤ開発に必要な図面もないところから復刻プロジェクトはスタートしました。調査を始めるとマツダのミュージアムに展示されていた初代ロードスターに状態の良いSF325が装着されていることがわかり、ブリヂストンの開発者はこのタイヤを借り受け、最新の技術を用いて細い溝の1本1本まで精密に計測しデータ化。そして現代の製法、素材で復元できるよう様々な検討を行いました。さらにマツダがレストアを行なった"マスター車"も借り、試作タイヤを装着しプルービンググラウンド(テストコース)で走り込みながらその開発を進めていきました。

そんなある日のこと、試作タイヤをマツダの開発者に見せると意外な答えが帰ってきました。「何かが違う・・・試作タイヤを見せていただいたとき、これは何か違うよねという話になったんです」と話してくれたのは初代ロードスターを新車で購入し現在も所有するマツダのエンジニア、虫谷泰典さん。実は30年という年月が、良い意味で復刻の邪魔をしていたのです。「そうなんです、この30年でタイヤを作る技術が大幅に進化しているので、綺麗に出来すぎちゃったんですよ(笑)」と池田は振り返ります。復刻タイヤの開発に携わったブリヂストンの若手テストドライバー本田真哉も「このプロジェクトがスタートした時、ロードスターのオーナーズクラブのお話を聞いたのですが、その際タイヤを座布団に置いてそれを囲んでお酒を楽しんでいる写真を見つけました。オーナーさんたちはそこまでこのタイヤを愛してくださっていて、誰よりもよく見ていらっしゃるのです。私たちはオーナーさんの期待やこのクルマを作り上げたマツダのエンジニアのみなさんの想いにしっかり応える良いタイヤを作らなければいけないなとその時に思いましたね」と語ります。

当時としても1つの車専用に全く新しいトレッドパタン(溝の模様)を作るということは珍しいケースでしたが、それを30年以上経ってまた開発し直し、復刻するというのも、ブリヂストンにとっては前例のないケース。さらにそこにはお客様のタイヤへの思いや期待、強いこだわりもありました。理想のタイヤとなるまで試行錯誤を幾度も繰り返しました。

「デビューから30年が経ったクルマ側をリフレッシュすること自体はそれほど難しいことではありません。しかしタイヤはそうはいかないのです。我々がレストアした車両には当時のタイヤの性能に近く、現在店頭で購入できるブリヂストンのプレイズを履かせていたのですが、復刻していただいたSF325を履かせてみると"やっぱりこれしかないよね!"となりました。しかも現代の技術で作っていただいているので、(低燃費性能や摩耗性能は各段に向上していて)総合的な性能は当時のタイヤより大幅に良くなっています。本当に素晴らしいタイヤを作っていただきました」と初代ロードスターの足回り開発に携わり、現在もマツダ車の操縦安定性能開発に携わる笠原哲さんは復刻タイヤについて語ります。

「タイヤは消耗品で残らないものなので、世代を超えていくというのがとても難しいのです。ロードスターに装着した復刻版のSF325に乗ってみると、理屈ではなく、感性に訴える気持ち良さがあるのです。よく上司と感性的な部分について議論するのですが、正直うまく理解できないところがありました。しかしこのプロジェクトで先輩たちの作った素晴らしい製品の復刻に関われたことで、それを自ら体感でき、理解することができた気がします。SF325の復刻によって、私たちの世代からまた次の世代へと受け継ぐことができる経験と知識を得ることができました。これは技能伝承という意味ですごく大切なことだと思います」と本田はこのタイヤ復刻プロジェクトを振り返ります。

SF325の復刻は、単に人気のある製品をもう一度作り、世に送り出すということだけでなく、当時のエンジニアたちのタイヤ1本に込めた想いを知り、タイヤ開発への情熱を改めて確認するうえで素晴らしい機会となりました。SF325は一般のお客様からもたくさんのお問い合わせをいただいています。ブリヂストンは初代ロードスターを愛し続けるお客様に1本でも多くSF325をお届けできるようがんばっていきます。

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