40年前に開発された後、本格的な事業化されることなくグループ内でひっそりとその時を待っていた技術--AIとロボティクスが発達した現代になり、そんな「隠れた資産」にスポットライトが当たりました。
人の代わりに仕事をして、人に寄り添う身近なロボット。その身体は硬いものではなく、人と同じような「やわらかさ」が求められます。そのためにピッタリの技術は、かつての「早く正確に」だけが要求されたシーンでは、活躍の場がなかったものでした。
新たな市場や人にやさしい社会のために、この「再発掘された技術」を活かすべく、社内有志で結成されたチームが「Softrobotics Lab(ソフトロボティクスラボ)」です。それぞれのメンバーは、どんな体勢で開発と実用化を目指すのでしょうか。また、新たなフィールドを切り拓くのにつきものな「壁」を、どう乗り越えるのでしょう。
さらには、日々の業務で抱いている「思い」。そして、将来に向けて描く「夢」とは。座談会で4人がじっくり語ります。
安井:Softrobotics Labの始まりは、2020年の新規事業の検討からでしたね。
音山:実はそれ以前には「ソフトロボティクス」という言葉すら社内ではありませんでした。責任者の僕に与えられたのが、ちょっとしたリソースと3カ月という期間、それと40年前の「ラバーアクチュエーター」という技術でした。それを実際にビジネスにしてみせようという試みだったんです。
安井:みんなで「どんな事業が考えられるか」を探索する時間があり、多くの社外の方にヒアリングしながら、3カ月後に「ラバーアクチュエーターでこんなことをやってみたい」と提案して、社内にSoftrobotics Labの前身プロジェクトが立ち上がりました。その時に私たちはこの取り組み全体のことを、ビジネスを実現する技術を表すラバーアクチュエーターではなく、私たちが世の中に生み出そうとしている新たな価値観であるソフトロボティクスと呼んでいくことにしました。
坂本:その当時、私はタイヤ以外の化工品を扱う部門で生産技術を担当していましたが、2020年に社内公募があったとき「ラバーアクチュエーターという技術がある」と資料が展開されたのを見ました。社内でもあまり知られていない技術だったんですね。それまで自分も工場にいろいろな機械を導入していましたが、それらで使われているアクチュエーター※と全然違って軽かったり、力が大きかったりといったところに可能性があると思って、このチームに参加しました。
※アクチュエーター...モーターのように、エネルギーを動きに変換する装置のこと
戸﨑:私も以前はタイヤ工場で使う設備を扱っていたのですが、もともとモノをつくるのが好きなので、何か自分で製品化をしたいとは思っていました。もっと世に広めていくもの、商品として提供できるものをつくりたいという思いがあって、このチームに移ってきたという経緯があります。
音山:技術者のふたりはソフトロボティクスにどんな可能性を感じましたか?
坂本:普通の機械と違うところというのは、ある程度、人になじむという点ですよね。やわらかさを持っているがゆえに"メカメカしいロボット"の、ぶつかったら人を傷つける、モノを壊してしまう、すごく繊細に扱わないとうまく扱えないというところと違って、ラフなかたちで人と一緒に動作ができることが魅力だと考えています。
戸﨑:今までのロボットハンドの考え方では、位置精度をすごくコントロールしてモノをつかもうとしていました。このアクチュエーターを使ったハンドは、モノに触れたときに柔軟に物の形になじむことができ、ラフなアプローチでもモノをつかむことができます。「コントロールしようとする世界」と逆のアプローチを取ることで、いままでにない可能性が広がったのが特長ですね。
安井:半世紀以上前から、技術的には人工筋肉というコンセプトは存在していましたよね。ブリヂストンでも一度これを事業化したことがありましたが、その頃は「早く正確に」動くモーターやシリンダーのほうに価値を置く時代だったので、それほど用途が広がらなかったんです。
今は時代が変わり、もっと人の近くにロボットが出てきて人の手助けをする、人と身近に存在するということが「早く正確に」よりも重要になってきました。
音山:まさに時代が来たんです。多くの人がネット通販で買い物をしていると思いますが、その商品の形も重さもバラバラですね。そういうモノをしっかりつかんで箱に入れるという単純作業が物流を支えているんですが、2024年ドライバーが減る「物流クライシス」の影響で、物流倉庫のほうも変化が求められます。ぶつかっても危なくない、人と協働するロボットがどうしても必要になってくるはずです。
安井:ソフトロボティクスによるロボットハンドは、他のロボットと違い「生きものっぽい」ですね。そうした感情的な価値、人に親しみを持ってもらえる存在というところにポテンシャルがあると思います。さらに、これは私の妄想なんですけど、もしかしたら将来、義足や義手といった器具にアプリケーションとして使えるかもしれない。ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョンの文脈で「人間拡張」や「身体機能の補完」みたいな意味でも、すごくいろんな可能性を持った技術だと思います。
ソフトロボティクスを突き詰めていけばいくほど、これはブリヂストンの企業コミットメント『E8 Commitment』の中で掲げているEmpowerment、「すべての人が自分らしい毎日を歩める社会づくりにコミットする」ことを果たすのに大きな可能性を秘めている、と感じます。
音山:障がい者の方の雇用をどういうふうに支えていくかとか、「フレイル」という、少し体を動かすのが難しくなってきた方の雇用をサポートするといったところにも私たちは視野を広げています。
安井:そうですね。介護でいうと、例えば寝たきりの方はむくみがちなので、誰かがマッサージをしてあげるといいんです。それを、たとえ遠隔でも「誰か」がやってあげると、そこに人間的なコミュニケーションが発生して、まるで違う価値が生まれます。「しばらくお見舞いに行けないけど、おばあちゃんの足をほぐしてあげる」ということを、遠くから孫がやってあげることもできる。そういう世界になれば、寝たきりの人にとっての幸福度が全然違うでしょう。
戸﨑:技術革新によって、通信はタイムラグがなく、よりリアルタイムに感じられるようになりましたが、そこがどんどん進化しても、遠隔で何かするには最終的には人に触れるハードウェアが必要です。通信の技術進化に対して、私たちが実際に「人と触れる部分」としてやわらかいモノを提供して組み合わせれば、遠く離れた人々の心をつなぐ、そういった価値が生み出せるかもしれません。
安井:事業担当の私だと、やりたいことがあっても基本的に何もできないので、常に戸﨑さんや坂本さんに「これをやってもらえないですか。背景としてはこれこれで」みたいな感じで進めています。私が思っている以上にできることがあったりしますよね。そこでブレイクスルーというか、課題や困難を乗り越えて、何かを実現できるところがすごく面白いです。
坂本:困難と言えば、私たちはロボット全体のうち、まだ「手」だけを開発しているチームです。実際にモノのピッキングとなると、手があって、腕があって、モノを認識する目があって、判定する脳がある、という4つが合わさっていないと最終的な動作ができません。目だったり、脳だったり、腕だったりを開発するパートナーさんを見つけながら、よりよい組み合わせでお客さんに提案しなくてはいけない点が大変なところです。
戸﨑:今の坂本さんのような話も、自分たち技術者が、ビジネスの企画のメンバーと一緒になってお客さんのところに行って提案をしているなかで生まれるもので、お客さんのニーズをじかにもらえる環境だからです。
実際のもっと大きいマーケティングのところとかは企画の方にお任せして、お客さんとの接点で必要なところに私たちが行き、技術的なところもきちんと説明したうえで提案できる。そのかたちができている今のチームはすごくいい状況なんだなと感じます。
音山:お客さんに対して、技術とビジネスが「向かい合う」のではなく、むしろ「一緒に同じ方向を向く」感じかな。
安井:既存事業ではビジネスの人と技術の人が向き合って、「こういう次期商品がある」「こういう要件です」みたいな流れがだいたい決まっていますよね。企画の人が何をやって、その後は開発のプロセスがあってという具合に、役割分担が明確になっている世界です。
それに対して私たちは、企画と技術の人がものすごく密にやりとりしないとお客さんに「できない提案」をしてしまうかもしれません。どちらかというと一緒にお客さんを訪問して「こういうこともできそうだね」「どうやってやろうか」みたいなことを、肩を並べて同じ方向を見ているイメージです。
坂本:担当者の領域を厳密に決めてしまうと、その「間」に落ちてしまう問題が結構あったりするんです。そこを一緒になって、チームとしてやっています。お互いが領域を少しずつ越えてクロスオーバーすることで、開発もビジネスに近い話をしますし、ビジネスの人も開発に近い話をしてくれる。そういった意味で境界がなく、完全に一枚岩になって向かっていけるところが、やっぱりいいチームなんだと思います。
音山:こちらから無理難題を開発メンバーに吹っかけることもあるわけですよ。でも、意外と開発のみなさんはソフトウェアをうまく組んでくれて、スッとやっちゃったりするんです(笑)。その結果を聞いたお客さんも驚いて「もうできちゃったの?」って。そういう意味では、お互いに成長しているのかもしれません。
坂本:あるときは、音山さんから「100日で何か面白いものをつくって」という難題が降ってきました(笑)。世の中のニーズを考えながら「こんなことをやったら面白いんじゃない?」というものをどんどん具現化していったんですね。自分たちにとっては挑戦でしたけど、「やってやろう」という勢いで乗り切りました。
音山:ロボットハンドのように人と触れ合うもの、タッチポイント(接点)になるものは、安全性がとても重要だと思うんです。もしかしたら、人に怖い思いをさせたり不安を抱かせてしまうかもしれない。一方で、モノを渡すだけで、実は人の手と同じように「心」も届けられることがあるかもしれません。私たちはそういうものをつくっているという認識があります。
まずは一方で、物流という世界で事業化を狙い、具体的にはピッキングという作業の自動化を通じて物流業界のスタッフさんの仕事のお手伝いをしています。そうやってこの技術を広めていって、ハンドがタイヤと同じ存在になれるといいです。クルマやバスに乗るとき、私たちは当たり前すぎて意識しませんが、タイヤは当たり前にいますよね。10年後などに「あ、うちのハンドが頑張ってるね!」みたいな光景を自分の中で描きながら、そこに向かって大切な仲間と一緒にやっていきたいです。
安井:タイヤと同様に、モーターやシリンダーも世の中のあらゆる場面で使われています。人工筋肉としてのアクチュエーターは、もっともっといろんな活躍の可能性を持っている。だからさらに社会へ広げていきたいですね。
先ほど遠くにいるお孫さんの例で「感情的価値」に触れましたが、ロボット教室でこういう新しいロボットをつくって、子どもたちのクリエイティビティを育て、成長を促すことだってできるかもしれません。エンターテインメントやアミューズメントの世界で「動くアート」として使ってもらったりもできるし、夢は膨らみます。それらは人生における明日への活力になっていく。そのような形で、一人ひとりの夢・Journeyを支えるお手伝いができたらと個人的に思っています。
坂本:やっと世の中にロボットが普及してきたと言いながら、一般の人がロボット自体を身近に感じるという例は、なかなかないと思うんですよ。安全性だったり、人との活動エリアを分けなきゃいけなかったりするので、人の目の前に来ていないという現状があります。
私たちのソフトロボットのハンドで、よりロボットを身近に感じられる世界をつくれると、物流倉庫や工場以外にも、店舗なり、家の中なりでロボットが活躍できます。より身近にロボットを感じられる世界をつくれると、もっと面白い世界になると思って、開発に励んでいるところです。
戸﨑:坂本さんの言うとおり、ようやく人の代わりにモノを移動させるような働くロボットという存在が出てきて、人と共同で作業範囲を持てて、人が手でやっていることまでロボットに任せられる世界が近づいてきました。誰かがやらないといけないというところをロボットが代わりにできると、人が、どんどん「人にしかできない仕事」にシフトしていける。単純作業を全部ロボットに任せられると、もっと人の幸福度につながってくるなと思います。
音山:今日はメンバーみんなが、自分の夢に向かっていく姿が見られてとても嬉しいです。新しいことに若手がチャレンジできる、僕らのSoftrobotics Labがそういう挑戦の場としての象徴でありたい。もしかしたら、いつの間にかソフトロボティクス事業が次に進んでいて、また違う新しい事業ができてくるかもしれません。そういう仕掛けにつながるような事業になったらいいなと思っています。