組織に潜む「アンコンシャス・バイアス」の処方箋
企業の成長を阻む要因となりうる、アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)。社会がダイバーシティの実現を目指す中、近年ひときわ注目される言葉だが、組織内に潜むアンコンシャス・バイアスを自覚し、解消することは決して容易ではないだろう。
人間の脳の仕組みとして避けられないとも言われるアンコンシャス・バイアスをどう自覚し、付き合っていくべきなのか。
株式会社チェンジウェーブ代表取締役社長の佐々木裕子氏(写真右)と、株式会社ブリヂストン オリンピック・パラリンピック推進部課長の鳥山聡子氏(写真左)を迎え、脳科学や心理学の視点からアプローチする。
アンコンシャス・バイアスはなぜ起きる?
──まず、なぜアンコンシャス・バイアスが起きるのか、その基本的な原因について佐々木さんにご解説いただいてもよろしいですか。
佐々木:人の脳というのは、まだサバンナで生きていた時代に最適化されていると言われています。つまり、生命を守ることを最優先に、脳は目の前の相手が敵なのか味方なのか、危険なのか安全なのかパターン認識したうえで瞬時に判断しているのです。
見た目や属性から得たパターン情報に基づいているので、大前提としてすでにバイアスが存在しています。相手個人の情報よりも、属性や社会グループの情報が先に入り、後から徐々に個人に関する情報を補足し、整理しているんです。
つまり、私たちの脳はなるべく情報処理作業を省力化するために、相手を大まかな"種(しゅ)"で判断する性質を備えています。
そのベースにあるのは、それまでにインプットされた情報です。たとえば「この人は男性だから力が強そうだ」とか、「この人は女性だから家庭的なのだろう」などとパターン認識をしてしまうんですね。
もちろん、そのあとに「すべての男性が力持ちなわけではない」とロジックによる補正が入るのですが、時にこうした思考が十分に働かず、バイアスがかかったままになってしまうことがあります。
コロナ禍で子どもたちが学校に行けず、思わず「世のお母さんは大変ですね」なんて言葉が出るのもそのためで、ちゃんと思考すればお父さんも子どもも同様に大変な思いをしていることが理解できますよね。
鳥山:だからこそ、幼少期に日常を通して多様な情報をインプットしておくことで、バイアスに依らない思考が身につくのではないかとイメージしていたのですが、根本的な回路の部分がサバンナの時代に固まってしまっているなら、やはり限度があるのでしょうか?
佐々木:パターン認識する機能自体は、太古の昔に醸成された回路なので、かなり太いものであるのは事実です。もちろん、どんなパターン認識をするかは、時代によって少しずつ変化します。ただ、その変化の速度は思っているよりも遅い。
事実、これだけ共働き家庭が増えているのに「女性は家庭にいるもの」というバイアスは、まだまだ女性側にも男性側にも非常に根深く定着していますよね。測ってみると私にもこのバイアスは根強く存在してるんですよ。
鳥山:それはすごく意外です。つまり本能的にはこうしてレクチャーいただいている佐々木さん自身も、そうしたバイアスをお持ちということですね。
佐々木:そうですね。「母親だから私が弁当作らなくちゃ」みたいに、やはりふとした拍子にそういう発想が出てしまうことはありますから。
──組織におけるアンコンシャス・バイアスの事例としては、どのようなケースがあるでしょうか。
佐々木:いろいろあるとは思うのですが、最も根深いのは、先ほど申し上げた属性や見た目に関わる"認知バイアス"でしょう。たとえば性別や肌の色、身長、体型などによって、無意識にバイアスが入った判断をしてしまうという事象です。
海外では太っている子どものほうが先生にネガティブな評価をされやすいというデータがあるんです。これは、先生の側に「肥満児は鈍い、勉強ができない」という無意識バイアスが作用しやすいからなんだそうです。
一方、企業や組織に関していえば、"同質性バイアス"というのが大きいかもしれません。自分の所属していない集団は、自分が所属する集団よりも同質的に見てしまう、一括りのパターンで考えてしまうバイアスです。「○○社の人は××だ」というような。現代社会ではこれらのバイアスが非常に目につきやすいですね。
鳥山:なるほど。企業というのは理念や事業に共鳴した人々の集合体なので、ある程度そういうバイアスがかかるのも仕方のないことかもしれません。ですが「自然とバイアスが働きがちだ」ということに気づいている人が少ないと、問題が起こりやすいですよね。バイアスを問題視し、打開しようという人がいないわけですから。
佐々木:何か半強制的に脳の省力モードを回避させるような明確な目標がなければ、なかなか打破できるものではないんです。自然な状態では脳はすぐ省力モードになって、無意識にバイアスが働いてしまいますので。
たとえば組織内におけるリーダーを決める際も、普通に決めると、その企業でこれまで活躍していたパターンと同じ方々ばかりが上に立つことが多くなってしまいます。そうしないためには「管理職の半分は女性に」など、脳を省力モードにしている状態では到底達成できない、明確な数字目標を持ち込むしかないんですよ。
アンコンシャス・バイアスをコントロールするには
鳥山:悩ましいのは、世の中が多様性に向いていることもわかっているし、アンコンシャス・バイアスというものも理解しているのに、それを認めたくない層、あるいはあえて見て見ぬふりをしている層も一定数存在していることです。
こういうタイプの人たちが、上手にアンコンシャス・バイアスと付き合っていくにはどうすればいいのでしょうか。
佐々木:一番大事なことは、アンコンシャス・バイアスというのは、誰しもが持っている脳の生存機能である、ということを徹底的に周知させることだと思います。
これ自体は全く悪い機能ではなくて、アンコンシャス・バイアスがある=人間である、というくらいの感覚なんですよね。だからそれ自体を「悪」だと決して思わないこと。
むしろ「誰にでもあるからこそ、存在を自覚することから始める」「自分は大丈夫が一番危ない」という認識を広げていくことがとても大切だと思います。
鳥山:たしかに、これはあなたが悪いわけではないんですよ、という前提を作るのは大事なことかもしれませんね。
佐々木:あと、アンコンシャス・バイアスを自覚してコントロールすると「いいことが起きる」と実感してもらうことも大事ですね。
例えば、多くの方が若い人材は発想力や情報感度に長けていて、ベテラン勢は責任ある仕事をきちんとこなすことができる、と思われていると思います。だから多くの場合新商品や新サービス開発は若手に任せよう、意思決定など重要な部分をベテランに担わせよう、となるわけですが。
ある企業では、これこそ"無意識バイアス"かも、と思い、役割を実験的に入れ替えてみたそうです。すると、要職に就いた若手は今や社内で引っ張りだこのエース人材に育ち、新商品開発を担当した50代社員も優れた企画力を発揮して周囲を驚かせたという、両者にとって目覚ましい成果があがったといいます。
聞けば、その50代社員には高校生の子どもがいて、20代~30代よりもむしろアンテナ感度が高かったことが後に判明しました。
鳥山:それは興味深い事例ですね。何事もやってみなければわからないということを思い知らされるエピソードです。
佐々木:すべての役員に自身のアンコンシャス・バイアスチェックを実施した企業の例もあります。当社が開発したツールを用いてバイアスのレベルを測定・可視化し、役員研修ではその原因や現状などを皆さんが赤裸々に議論されたのですが、それを見た社長が、その研修の模様を全社員に動画公開することを決めたんです。
すると、これが社内で大反響を呼んだのだそうです。「自組織にはまだまだバイアスがある」ということを役員陣がちゃんと自覚し、それを自らコントロールしようと一歩踏み出す姿を社員の皆さんが目撃したことは、組織変革にとって大きな一歩になったと聞きます。こうした現状を開示したことで上長や組織への信頼度が高まった、という現象も確認されました。
リーダー側が自身の偏見を認め、それを反省して改めたいと公言することで、組織に心理的安全性をあたえられるということも、実際に研究で明らかになっています。これも大切なことだと思います。
鳥山:いいですね。生産性や事業そのものにも好影響をあたえていますよね。
佐々木:また、製造業の派遣スタッフは男性中心のイメージがありますが、そのバイアスに気づき「これはビジネスチャンスなのではないか」と、女性の雇用に乗り出した企業の例もあります。
結果、雇用のコストが下がっただけでなく、これによって現場の環境が男性にとっても働きやすい方向に変化していったと聞いています。
このようにアンコンシャス・バイアスをコントロールすると、これまで見えなかった良い成果を生むことができる、という事実を、いかに世間に広げ、伝えていくか。偶発的に気づくのを待つのではなく、戦略的に「アンコンシャス・バイアスを払拭していく機会」を作っていかなければならないと思います。
──そのためにはアンコンシャス・バイアスがいかに企業の成長を阻んでいるかを理解してもらう必要があるのでしょうね。
佐々木:当社が企画・運営している異業種プロジェクトでは、社内の"当たり前"を壊す実証実験を女性社員だけで展開しています。
たとえば営業管理職のように、まだまだ男性主体で動いている職種で、女性たちが様々な「変革」に挑戦し、その実現可能性とインパクトを局所的に短期スパンで実験するというものです。
個人的に面白かったのは、2歳の子を持つ女性に酒販店の営業が務まるかどうか、という飲料メーカー企業の営業女性たちが行った実験です。
酒販店の営業先は居酒屋などが中心ですから、時間帯も遅くなりがちでした。そこでスタッフが仮想的に「ママ」を演じ、ランダムに保育園からの呼び出し電話がかかってくるというルールの中で営業を行ったんです。
すると、17時までの労働でも十分に仕事がこなせて、業績も上がることが判明しました。17時までに仕事を上がって帰ることで、その時間帯のスーパーマーケットを見られるようになり、一般的な消費者の行動がわかるようになったことで、取引先に対しても生活者の視点で新たな提案ができ、結果として業績の向上に繋がったということです。
「小さな成功」の積み重ねが組織を変える
鳥山:まずは小さくやってみるというのは非常に大切なことですよね。最初から大きく改革しようとするとうまくいきませんから、スモールサクセスを積み上げていくことで周囲を納得させる、という。
とはいえ、組織の中で新しいことに挑戦し、続けていくには強い意志が必要でしょうから、大変なこともたくさんあったと思いますが、やりきったことも素晴らしいと思いました。
一方で、誰が最初にそれを切り出すのか、誰がファーストペンギンの役割を担うのか、というのも組織に付きまとう問題かもしれません。誰しも自分の仕事を全うする中で、さらにそうした重責を背負うことに、必ずしもポジティブではいられないのではないかと。
佐々木:それでいうと、誰もがボールを持てるということを理解してもらうのがいいと思います。
先ほど事例を紹介した女性社員の方たちも「自分たちが会社を変えてやる」と言っていたのが印象的です。なぜ頑張れるのかというと、先に先輩たちがアンコンシャス・バイアスの解消に取り組んできた姿を見ているからです。実行すれば変えられることを、見て感じているんですよ。
幸い、このテーマに関しては他社のケースであっても先行事例になり得るわけですから、自分がボールを持てることに気づくかどうかは、視点のひとつと言えるでしょう。
脳というのはもともと変化を嫌いますし、生命を守るためにリスクを過大評価する性質を持っていますが、いざ動いてみれば決して自分一人ではなく、大勢の味方がいることが実感できるはずです。
鳥山:なるほど。実はマネジメントスタイルを変えようと試みたものの、これがうまくいかず、結果として新しい取り組みに対して人があまり耳を貸さなくなってしまった、というケースも聞いたことがあるのですが、こういうリスクについてはどう対処すればいいのでしょうか。
佐々木:の取り組みが、組織全体のためになり、皆が働きやすくなるというメリットの理解を促すしかないでしょうね。
たとえば「できるだけ早く帰りたい」というのは多くの社員の望みなわけですから、実現すれば会社の収益率アップにも繋がり、社員のワークライフバランスも改善する、だからやるんですよ、とコミュニケーションするわけです。
──ブリヂストンはオリンピック・パラリンピックのパートナー企業を務めていますが、これもアンコンシャス・バイアス解消に繋がる活動と言えそうですね。
鳥山:弊社にはそれ以前からダイバーシティを重視するムードはあって、障がい者雇用の促進や世代間ギャップの解消、グローバルコミュニケーションの推進などに注力してきました。
ただ、オリ・パラを機にブーストがかかった側面もあるのは事実で、たとえば私自身も、パラアスリートの方と一緒に行動する中で、一気に見える世界が変わったように感じています。
不思議なもので、施設のちょっとした段差など、これまで目が行かなかった不便に気がつくようになるんですよ。いかに社会が健常者を前提に作られているかということを痛感します。
──体験に勝る学びはない、ということですよね。
鳥山:そうですね。私も最初にアンコンシャス・バイアスという概念を突きつけられた時には、自分のウィークポイントを突かれる思いがありましたが、これが脳の生存本能だと知って安心しました。だから、まずは"決してあなたが悪いわけではない"と伝えることは大切ですよね。
そして、そこに気づいてアクションを起こすことができれば、組織も事業もポジティブな方向へ進むということがよく理解できました。具体的なアクションがあれば、それによって生まれる効果やメリットも、具体的に体感できるはずです。
佐々木:人の営みというのはすべて、最後は結果として目に見えるものだと私は思っています。脳の素晴らしい省力モード機能が働いていると、自然体では結果に偏りが生じてしまうことがあります。
職種や機能ごとに見ていくと性別や年齢に偏りがあるとか、リーダー層や役員層の属性が比較的同質であるとか。だからこそ、この省力モードになってしまう脳の仕組みを理解したうえで、結果の偏りを是正するような強制力を、仕掛けで担保していかなければなりません。
そのためには企業全体でも小さなチーム単位でも、無意識バイアスをコントロールして初めて生み出すことのできる「新しい既成事実」を積み重ねていくのが有効です。
既成事実が変われば「概念」が変わり、「概念」が変われば、無意識のバイアスもより薄まっていくからです。だからこそ、やってみる、やってみた結果、事実に変化が生まれる、という小さなサイクルをそこかしこでやり続けられるかどうかが重要ですね。
──いろんな単位で取り組みを続けていくべきである、と。
鳥山:今日のお話を通して、やはり強い意志が必要なのだとあらためて痛感していますが、いま世の中の目線がそこに向いていることは、追い風なのではないかとも感じます。
何もしなければこのままずっと変わりませんから、アンコンシャス・バイアスという概念に接触する機会が多いいまこそ、できるかぎりの取り組みを重ねて、組織を変えていくチャンスなんですよね。
──そうですね。まだまだやれることはたくさんあるということだと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。
執筆:友清哲
編集:入江妃秋、株式会社ツドイ
デザイン:斉藤我空
本記事はNewsPicksで掲載されたものです。
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